一口に演劇とはいっても様々なジャンルがあるわけですが、不条理劇となると言及しないわけにはいかない人物がいます。
それが今回紹介するサミュエル・ベケットです。
劇作家であると共に小説家、詩人でもあったサミュエル・ベケットは、演劇史において不条理劇の基礎を作ったとも言われる人物です。
今回はそんなサミュエル・ベケットについて、どんな生涯を辿ったのか、どんな代表作があるのかを紹介していきます。
サミュエル・ベケット プロフィール
生年月日: 1906年4月13日
没年月日: 1989年12月22日(享年83)
出身: アイルランド・ダブリン郊外フォックスロック
主な活動: 劇作家・小説家・詩人
主な受賞: フォルメントール賞(1961年)、ノーベル文学賞(1969年)
サミュエル・ベケットの前半生
サミュエル・ベケットは1906年4月13日、アイルランドのダブリン郊外フォックスロックで生を受けました。
比較的裕福な中流家庭に生まれたサミュエル・ベケットですが、実はフランス系なのではないかという説もあります。
サミュエル・ベケットの苗字の綴りはBeckettですが、本来の綴りはフランス語由来のBecquetであり、ナントの勅令で亡命したユグノーの子孫ではないかという説があります。(異論も多数あり)
フランス系かどうかはさておき、サミュエル・ベケットは1923年にダブリンのトリニティ・カレッジに入学すると、そこで4年間に渡って英語、フランス語、イタリア語を学びました。
この時点では、まだ演劇との縁は繋がっていません。
劇作家への伏線となったのは、トリニティ・カレッジで学んだ後、パリの高等師範学校(エコール・ノルマル・シュペリュール)で英語教師として2年間職についていた時のことでした。
1928年からパリ滞在が始まりますが、小説家にして詩人であるジェイムズ・ジョイスとの交流を通して影響を受けることとなりました。
交流の中にはジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』執筆における口述筆記や複写の手伝いも含まれ、その後の作家人生へのきっかけとなります。
パリの滞在が終わると1930年にアイルランドへ戻り、母校トリニティ・カレッジでフランス語の講師を一時務めるも、すぐに職を辞し、著述業をしながら1937年までの間はヨーロッパを転々とする生活をします。
その間の1932年に、サミュエル・ベケットの処女小説となる『並みには勝る女たちの夢』の執筆が開始されています。(同作は生前未発表で、1992年に没後出版されました)
1937年になるとサミュエル・ベケットはパリに拠点を構えますが、翌1938年1月、見知らぬ売春斡旋者の男に路上で突然刺されるという衝撃的な事件に巻き込まれました。
ナイフは心臓をかすめましたが一命をとりとめ、犯人に理由を尋ねても謝罪と「分からない」しか返ってこなかったといいます。この「理由なき暴力」の経験は、後のベケットの作品観に影響を与えたと言われています。
余談ですが、刺された後の入院中の訪問客の一人であったシュザンヌ・デシュヴォー=デュムニールとは生涯のパートナーとなり、後年の1961年に正式に結婚することとなります。
当時のサミュエル・ベケットは劇作家というよりはまだ小説家でした。1934年に短篇集『蹴り損のとげ儲け』、1938年に長篇『マーフィー』など、いくつかの小説を手掛けました。
サミュエル・ベケットの後半生
サミュエル・ベケットはパリでの定住生活が始まると、早速歴史の波に翻弄されることになります。
1939年に第二次世界大戦が勃発し、翌年にはナチスドイツによってフランスが占領され、傀儡であるヴィシー体制が始まりました。
占領下に置かれた当初は、ナチスドイツに対する抵抗運動に参加するべくレジスタンスグループ「Gloria SMH」に加入したサミュエル・ベケットでしたが、1942年に組織が密告され、ゲシュタポの締め付けが厳しくなると潜伏生活を余儀なくされます。
サミュエル・ベケットはシュザンヌとともに1942年にパリを脱出し、1945年までの間はフランス南東部ヴォクリューズ県のルシヨンという村で約2年半の潜伏生活を続けました。
戦争中は執筆活動が停滞しましたが、潜伏期間中に小説『ワット』(1943年完成、1953年発表)の執筆を行いました。
第二次世界大戦が連合国側の勝利で終わると、サミュエル・ベケットもパリに戻って執筆活動を本格的に再開します。
劇作家としての才覚が発揮されたのは人生の後半に入ろうとしている1950年代になってからでした。
小説『モロイ』(1951年)を発表して20世紀文学に足跡を残すと共に、サミュエル・ベケットの発表作としては初の演劇作品『ゴドーを待ちながら』が1952年に発表されます。
かくしてサミュエル・ベケットは劇作家としての知名度も瞬く間に上がることとなりますが、実はこの作品の前にもう1作品がありました。
サミュエル・ベケットの代表作である『ゴドーを待ちながら』の前に『エレウテリア(自由)』が1947年に執筆されていましたが、生前は本人が発表を拒んだことで、世に出るのは1995年まで待つこととなりました。
そんなサミュエル・ベケットは功績を称えられて、1959年に母校トリニティ・カレッジ(ダブリン)より名誉博士号を授与されました。
さらに、1961年にはホルヘ・ルイス・ボルヘスと共にフォルメントール賞を、1969年にはノーベル文学賞を相次いで受賞しました。
ノーベル文学賞の公式な受賞理由は「小説と戯曲の新しい形式によって、現代人の悲惨を描き、芸術的な高みへと到達した功績」とされています。
その後も執筆活動を続け、1989年のクリスマスを待つことなく、12月22日に生涯の幕を閉じました。享年83。
サミュエル・ベケットの作風
サミュエル・ベケットの作風について言及しないわけにはいかない作品があります。
それはサミュエル・ベケットの代表作である『ゴドーを待ちながら』です。
戯曲の詳細は後ほどあらためて紹介しますが、物語に起承転結はなく、進展はまったくありません。
暗くドライで、そして殺風景な舞台はまさにサミュエル・ベケットの作品の特徴を表すのにもってこいな言葉と言えるでしょう。
サミュエル・ベケットの作風は時を経て、日本演劇界の不条理劇のパイオニアとされる別役実をインスパイアすることとなります。
なお、そんなサミュエル・ベケットの作風に込められた思考がよく分かる名言があります。
無よりもリアルなものはないのだ
サミュエル・ベケット
サミュエル・ベケットの代表作を紹介!
ここまでサミュエル・ベケットの生涯と作風について紹介してきました。
ここではそんなサミュエル・ベケットが手掛けた代表作7作品を紹介していきます。
早速見ていきましょう。
ゴドーを待ちながら(1952)
サミュエル・ベケットの代表作中の代表作である『ゴドーを待ちながら』は、1952年にフランス語版が出版され、1953年1月に初演を迎えました。英語版の出版・初演はそれぞれ1954年・1955年です。
『ゴドーを待ちながら』はただ1本の木が立つ田舎道で2人の男がゴドーを待つというもので、2幕構成となっています。
本作に登場するのはゴドーを待つウラジミールとエストラゴン、そこにやってくるポッツォとラッキー、そして使者の少年です。
なお、誰もゴドーとは面識がありません。
第1幕ではウラジミールとエストラゴンのもとに、ポッツォと首にロープをかけられた従者ラッキーがやってきて、当初は言われるがままに踊ったりしたラッキーでしたが、「考えろ」と言われるや否や突然哲学的な演説が始まります。
ポッツォとラッキーの2人が去ると、使者の少年がやってきてゴドーは来ないと告げ、第1幕は締めくくられます。
続く第2幕でも再びポッツォとラッキーがやってくるのですが、ポッツォは盲目になり、ラッキーは何も喋らないありさまです。
そして第1幕と同じように2人が去ると再び例の少年がやってくるという展開で、物語を通して何の進展も見られません。
このように類似した展開が2度繰り返されることで、これが永遠に繰り返されるであろうことを連想させる作品になっています。
タイトルの中にあるゴドー(Godot)は神(God)を意味するという説もありますが、サミュエル・ベケット本人から何を意味するのかが明らかにされることはありませんでした。そのため、ゴドーの解釈は観客に委ねられるものとなっています。
勝負の終わり(1957)
『勝負の終わり』は1957年にフランス語で、1958年に英語でそれぞれ発表された作品で、原題から『エンドゲーム』とも呼ばれています。
『勝負の終わり』の由来はチェス用語の「終盤戦(エンドゲーム)」です。
そんな『勝負の終わり』は、滅亡したらしい世界の中のがらんどうな部屋(シェルター)で4人の登場人物によって物語が紡がれます。
盲目で傲慢な主人公「ハム」とその家来「クロヴ」、ドラム缶の中に入った足のない老人で「ハム」の父親である「ナッグ」、「ナッグ」の伴侶で同じく足のない「ネル」の4人が登場します。
4人は荒涼とした世界の中で退屈な日々を過ごすのですが、その中で「ハム」は暇つぶしに「ナッグ」と「ネル」に話しかけます。
しかし親子の性格がよく似ているのか話がまったく進みません。
そこで餌で「ナッグ」を釣って「ハム」の考えた昔話をするも、今度は「ナッグ」が眠ってしまいます。
今度は「ハム」と「クロヴ」の会話が進みますが、途中で「ナッグ」が死んだことで話は宙ぶらりんになり、しまいには喧嘩別れしてクロヴが去るありさまです。
孤独になり空虚を味わった「ハム」のもとに結局「クロヴ」は戻ってくるのですが、耳を傾けるだけで嘆く「ハム」に近づこうとはしません。
『勝負の終わり』はどこか『ゴドーを待ちながら』を連想させるような要素がありますが、この作品で特徴的なのは世界の終焉をただひたすら待ち続ける末期患者のような雰囲気があることです。
また、由来がチェスにあるだけのことはあり、作中でチェスの要素もちりばめられています。
作中に物がなくなっていき、状況がどんどん悪い方向へ転がる描写があり、それがチェスで駒がとられていく「終盤戦」を表しているという説があります。
クラップの最後のテープ(1958)
『クラップの最後のテープ』はタイトル名にも不条理さ(Absurd)が良く表れた作品となっています。
『クラップの最後のテープ』には「クラップ」という老人が登場しますが、クラップ(Krapp)は「クズ」を意味する英語(crap)に由来しています。
『クラップの最後のテープ』の舞台は、老人「クラップ」のいる薄暗い一室です。
「クラップ」は30年前にそのさらに10年前の自分の声を聞いた感想を吹き込んだテープを、ただひたすら聞き続けます。
テープの内容はどれもとりとめのないものです。
理解に苦しんだり苛立ちを覚えたりしつつ、ついにはテープが空回りするのでした。
結局「クラップ」とは何者なのか、「最後」とは何に対する最後なのか、再生されたテープの断片的な音声の中から観客に考えさせる作品になっています。
しあわせな日々(1961)
『しあわせな日々』は1961年に英語版が、1963年にフランス語版がそれぞれ発表された作品です。
『しあわせな日々』の登場人物は主人公の「ウィニー」とその夫「ウィリー」です。
サミュエル・ベケットの作品の中では珍しく夫婦を題材とした作品になっています。
本作は2幕で構成されており、第1幕では主人公の「ウィニー」がどういうわけか焼け野原のど真ん中で、腰まですっぽり地中に埋まった状態で登場します。
訳の分からない状況の中で「日常的な動作」をする「ウィニー」ですが、もう一方の「ウィリー」はというと、丘の向こうでただ淡々と新聞を読みふけっているだけです。
ほとんど喋らない「ウィリー」とは対照的に、「ウィニー」は狂気を忘れるために喋り続けるのでした。
第2幕ではついに「ウィニー」の喉元まで埋まってしまいます。
第1幕でできていた「日常的な動作」も手を使えなくなった以上できないので、ただひたすら喋り続けます。
もう一方の「ウィリー」は第1幕の冴えない雰囲気だったのとは対照的に、正装に身を包んでの登場です。
そして「ウィリー」が「ウィニー」の名前を呼ぶと、「ウィニー」は「しあわせな日々」と呟くのでした。
本作は身動きがとれなくなっていく「ウィニー」が物凄い勢いでとにかくよく喋るところが見どころです。
喋れば喋るほど不安が生まれ、その不安を紛らわすためにさらに喋るというループになっているのがポイントです。
芝居(1964)
『芝居』では登場人物に名前がありません。
本作では「男」と「女1(妻)」と「女2(愛人)」の3人が登場します。
さて、この3人は大きな壺から頭だけ出した状態で登場します。
そしてスポットライトが当たると、その人物が自らの過去について発言します。
その過程の中で「男」が浮気をしていたことが発覚し、騒動へと発展していくのでした。
登場人物はスポットライトが当たると強制的に何かを話さなければならないのですが、かと言って本当のことをすべて話せるわけでもありません。
これぞまさに3人の「芝居」です。
スポットライトは「彼の世(あの世)」の審問官としての役割を果たしており、本当のことを話さない限り永遠にスポットライトが当たり続けるところを意識すると、味わい深いです。
息(1969)
サミュエル・ベケットの数々の作品の中でも問題作と言われているのが『息(Breath)』です。
本作は登場人物もなければセリフすらありません。
がらくたが散らかっている舞台上に小さな叫び声が聞こえると、その後に呼吸音が続きます。
暗くなると再び叫び声が聞こえます。
これ以外何もありません。
上演時間も30秒前後と衝撃の短さです。
『息』で聞こえる叫び声については赤子の産声を指しているという説があります。
エレウテリア(自由)(1947)
『エレウテリア(自由)』はサミュエル・ベケットの幻の最初期の戯曲で、生前は発表を拒否したものの、サミュエル・ベケットが故人となった後の1995年にこの世に出ました。
本作はパリのとある一家のサロンで繰り広げられます。
一家の一人息子であるヴィクトールは無気力な生活を送っており、今日もそんな彼の生活ぶりをめぐってとりとめもない会話が始まるというものです。
「エレウテリア」とはギリシャ語で「自由」を意味しますが、ギリシャ神話にあるような「解放感」が見られないあたりにベケットらしさが出ています。
干渉からの自由なのか、何もしない自由なのか、本作における「自由」が何を意味しているのかを探すのが本作におけるポイントの一つです。
演劇史に名を遺した不条理劇の巨匠、サミュエル・ベケット
今回は不条理劇の巨匠、サミュエル・ベケットの生涯と代表作について紹介してきました。
サミュエル・ベケットの作品はどれも訳の分からない状況で、かと言って物語に進展もさほどないか、さらに訳の分からない展開になっているところが特徴です。
波乱万丈な人生の中で、何の理由もなくいきなり刺された事件とサミュエル・ベケットの作品の不条理さが、どこかでリンクしていると思いたくなる節もあります。
この機会にぜひサミュエル・ベケットの作品に触れてみませんか?

